工事書類の簡素化が進まない理由は、制度の外側にあります
全国建設業協会が令和8年9月に公表した「発注関係事務の運用状況等に関するアンケート」の結果が公開されました。令和8年7月に実施された調査で、47都道府県建設業協会と、会員企業1,877社が回答しています。回答企業は完工高2億円から50億円の層が7割を超え、従業員10人から30人が4割を占めます。地域の建設業の実像に近い調査といえます。
この調査には、工事関係書類の簡素化に関する設問が含まれています。数字を見ると、簡素化は明確に足踏みしています。そして足踏みの理由は、書類の枚数や様式の数といった、制度が直接操作できる場所にはありません。
簡素化が進んだと感じている企業は、発注者によって大きく分かれます
工事書類の簡素化について「進んでいる」「一部進んでいる」と答えた企業の合計は、国土交通省発注工事で79.1%、都道府県・政令指定都市で56.8%、市区町村で38.1%でした。市区町村では「まったく進んでいない」だけで18.3%あります。
都道府県建設業協会側への設問でも同じ順序が出ています。簡素化が進んでいないと感じる発注者として、市区町村を挙げた協会が61.7%、都道府県・政令指定都市が38.3%、国土交通省が17.0%でした。
注目すべきは、取組が最も進んでいるとされる国土交通省の工事でも、2割の企業が簡素化を実感していない点です。制度の整備が進んでいる発注者でも、現場の負担感はそのままという企業が一定数残っています。
問題の中身は、書類の量ではありません
簡素化について問題と感じていることを尋ねた設問では、次の順序になりました。
| 内容 | 割合 |
|---|---|
| 発注側担当者によって必要書類が異なる | 55.1% |
| 紙とデータの両方の提出が必要である | 38.6% |
| 本来提出不要な書類の提出を求められた | 37.6% |
| 従来の書類は簡素化されるが、新たに作成が必要となった書類も多い | 32.6% |
| 様式が統一されていない | 22.4% |
| 急な提出依頼に対応するため、作成する書類が減らない | 22.2% |
上位に並んだ項目に共通しているのは、いずれも「どの書類を出すか」ではなく「誰が何を決めるか」「どう作るか」の問題だという点です。書類の一覧を短くしても解消されない種類の負担が、上位を占めています。
自由記述にも、同じ性質の声が並んでいます。提出する書類は減っても作成が必要な書類は減っていない。提出が不要になってもバックデータとして作成が必要になる。電子データに加えて紙の提出も求められ、二重の作業になる。
現場で何が起きているのかを、三つに分けて整理します。
一つ目。様式が発注者ごとに違い、データとして作られていません
「様式が統一されていない」という22.4%の数字は、書式名や項目の並びが揃っていないという意味に読まれがちですが、現場の担当者に伺うと、問題はもっと手前にあります。
民間工事の中には、月ごとの工事監理報告書の提出が求められるものがあります。様式は発注者または監理者が用意し、施工者がそれを埋めます。発注者ごとに独自の様式が定着していることは珍しくありません。
その様式を実際に拝見しました。工程表と進度表と進捗状況と工事写真が、月ごとに同じ形で並び、月が変わるたびにシートを複製して書き換える構成になっています。工程のバーは、セルを塗りつぶすことで表現します。進捗を示す曲線は、図形の直線を引いて描きます。様式の余白には、予定はグレーで、実績は青で塗るように、という作成上の注意書きが添えられています。
つまりこの報告書は、進捗という情報をデータとして持っていません。進捗率という数値がどこかに保持されていて、そこから図が生成されるのではなく、人が毎月、色を塗り直し、線を引き直しています。表計算ソフトのファイルではありますが、実質的には方眼紙です。
その帰結として、様式の内部は容易に壊れます。拝見した様式では、月の見出し行に計算式で入った月と、手で打った月が混在しており、契約工期を超えた列には意味の通らない数値が残っていました。値ではなく見た目で成立している書類なので、間違いがあっても誰も気づきません。
作成にかかる時間は毎月数時間とのことです。工事が10か月続けば、その工事の報告書だけで数十時間になります。しかも同じ会社が別の発注者の工事を並行して受注していれば、様式ごとに別の手順を覚えて、別の埋め方をすることになります。
「発注側担当者によって必要書類が異なる」が55.1%で1位になり、2位以下に大きく差をつけているのは、こうした事情の反映と考えられます。統一されていないのは書類の一覧ではなく、入力そのものの手順です。
二つ目。電子化が、削減ではなく二重化として現れています
「紙とデータの両方の提出が必要である」が38.6%で2位に入っています。
電子データで作成し、電子データでやりとりしていても、最終版は印刷し、ファイリングして提出する運用が残っている、という話を複数の現場で伺います。電子化されたのは作成と受け渡しの過程だけで、成果物の形は紙のままです。この場合、電子化は作業を減らしていません。むしろ印刷と製本という工程が末尾に足されています。
同じ調査の別の設問も、この状況を裏づけています。元請と下請の間の取引で電子契約を利用している企業は、今後行う予定を含めても34.3%にとどまります。電子取引システムの利用も35.3%です。そして導入しない理由の1位は、どちらも「取引先からの要請がない」でした。元請と下請の間では52.5%、電子取引システムでは48.6%に達します。
コストでも、知識不足でもありません。相手が求めてこないから、というのが最大の理由です。相手も同じ理由で止まっているとすれば、どちらからも動きません。電子化が進まない構造は、それぞれの企業の判断の合計ではなく、企業と企業の間に置かれたままになっています。
三つ目。義務がなくなっても、評価が残っています
自由記述に、簡素化が進まない理由を最も端的に説明している声がありました。提出義務がない書類でも、工事成績で高い評価を得るために作成し、提出している、という趣旨のものです。
公共工事の現場に伺うと、これは実際にある動きだと聞きます。工事成績評定の点数は、その工事の中で完結しません。将来の入札で使われるからです。評点が受注機会に影響する以上、加点につながる可能性のある資料は、提出が求められていなくても作ることになります。
ここに、簡素化という施策の限界があります。制度が減らせるのは義務です。しかし現場で書類を作らせている力は、義務だけではありません。評価が残っているかぎり、義務を外した分の空白は自主的な作成で埋まります。「従来の書類は簡素化されるが、新たに作成が必要となった書類も多い」が32.6%を占めているのも、同じ現象の別の側面と考えられます。
三つとも、書類の様式を減らしても解消されません
改めて三つを並べます。
第一に、様式が発注者ごとに違い、情報がデータとして保持されていないため、同じ内容を何度も手で作り直しています。第二に、電子化が紙を置き換えず、末尾に紙が残ったまま二重になっています。第三に、義務を外しても評価が残っているため、書類を作る動機が消えません。
いずれも、様式の数を減らす、提出書類の一覧を短くする、といった対応では動きません。簡素化のガイドラインが改定されても、現場の作業時間はほとんど変わらない、という声が出る理由がここにあります。実際、自由記述には、簡素化ガイドラインや様式の改定が頻繁で、対応そのものが負担になっているという指摘もありました。
一方で、現場の側からできることもあります。三つのうち第一の点、つまり「同じ内容を何度も作り直している」部分は、発注者の制度を待たずに手をつけられる領域です。情報がデータとして手元にあれば、発注者ごとの様式に合わせて出力し直すという作業は、少なくとも入力の反復ではなくなります。
当社の取り組み
当社は、建設業向けの見積・工事管理サービス「Fabrica」を提供しています。設計の出発点にしているのは、書類を作りやすくすることではなく、書類の元になる情報をデータとして持つことです。
この考え方に沿って、現場で紙と表計算ソフトに残っている業務から順に扱っています。打合せ議事録の機能では、発言を質問と回答の対で記録し、未解決の項目だけを絞り込めるようにしました。決定事項が回を越えて追跡できるため、前回の議事録を探して読み直す手間がなくなります。PDFでの出力とメール送信にも対応しています。
安全書類については、新規入場者の登録から着手しました。現場ごとに発行したQRコードを読み取れば、職人の方はログインなしでスマートフォンから必要事項を送信できます。一度登録すれば、次の現場では入力し直す必要がありません。氏名や資格を毎回紙に書き写すという作業自体が消えます。元請側には送信された内容がそのまま記録として残ります。
今後も、現場に残っている書類業務を順に扱っていく予定です。工事の情報が一箇所にあり、必要な形で取り出せる状態を作ることが、書類の枚数を数えるよりも確実に負担を減らすと考えています。
Fabricaはベータ版として公開中です。登録なしでそのまま操作できる体験モードを用意していますので、実際の画面でお確かめください。
出典:全国建設業協会「令和8年度 発注関係事務の運用状況等に関するアンケート報告書」(令和8年9月)